Yellow Roseの花言葉は「嫉妬」

 俺は一時期彼に嫉妬していた。 自分でも理由はよくわからないけれど。 今冷静に分析してもわからないんだから、あの時はもっと……。

 「入院」 という言葉に俺は結構憧れていた。 毎日寝て過ごせてぐうたらできると思っているからだ。 でもいざ入院となるとそんな言葉は吹き飛んでしまった。 いつも通り大学に向かい何事もなく過ごす日々。 その繰り返しのため朝、目を開けようとする。 だけどあの日は、いつもより早い起床になった。 胸を襲う強い痛みが、睡眠を邪魔したからだ。 意識がはっきりしていなくて詳しいことは覚えていない。 ただ救急車のサイレンがやたらにうるさかったことだけは、今でも思い出せる。

「雅人、明日が手術だから頑張るんだよ」
 両親はその一言とお菓子を持ってきてすぐに帰ってしまった。 大したことのない病気なので、そんなに心配していないのだろう。 彼らは多分、盲腸の手術くらいの気楽な気持ちだったと思う。 “治る”とわかれば、他人は病気に無頓着になるものだから。  俺の病気は心臓移植をすればいいだけの病気だった。
昔は助かる確立が少なかった大手術だったらしい。 今は簡単なものになっているけど。

 白で統一された部屋は、清潔感があって明るいけれどどこか寂しかった。 もしも、ここがホテルであれば、こんなこと考えないのだろうか?
「安静にしていて下さいね」
 理由を考えなくても理解できる言葉。 自分のためだということはわかっている。 だけど、体は動きたいと訴えつづけていた。 理性で止めることができないほどに。 薬が効いているため胸は全然痛くない。 今ならきっと歩ける。 急に心の中で浮かびあがったこと、それに抵抗する気は俺にはなかった。 テレビを消し体を起きあがらせ、俺はスリッパを履いた。

 歩くことがこんなに楽しいと思ったことは、今までないだろう。 俺はまるで遠足気分で院内を歩いていた。 軽い病気であれば、家にいても治療できる。 そのためよほどのことがない限り、病院に行くなんてことはない。 黙って部屋から抜け出したスリルと、初めて入った世界。 それに興奮しているのか、病気で体は重いはずなのに、心は浮かれていた。 病院といっても、光がたくさん入るように作られたロビーでは、たくさんの人が笑いながら会話をしていた。 日常で見る公園の風景と、そんなに変わっていなかった。

唯一違うところ、それは話している彼ら目は決して笑っていないこと。 顔は笑っているが、本当は皆些細な体調変化でも脅えているのだ。 ……俺にも言えることなんだろうけど。  だから気を紛らわすために、歩きたかったのかもしれない。

 目的もなくぶらぶら歩いていたせいだろう、見たことのない場所に俺は来ていた。 薄暗く昼間も電灯がつきっぱなしの場所。 人気のいない所に来てしまったのは、 今の自分の顔を誰にも見られたくないと、無意識のうちに考えていたせいだろうか。

「雅人はいいね。いつも明るくて元気で」
 皆から見た俺はいつもそう。 明るくて、元気で、時にはハメを外して事件を起こす。 自分自身もその性格は気に入っていた。 他人にも気に入られていた。 でも今は病気で不安な俺の顔。 これも俺の姿だってわかっているけれど、他人には見せられなかった。 お見舞いに友達が来たときも、作り笑いで“いつもの明るい雅人” を演じる。 病気が治れば普段通りの俺に戻れる、今は弱気になっているだけ。 そう信じ込ませていた。

 しかし今はしなければならないことがある。 ここから自分のいた病室の戻ることだ。 この歳で迷子になったとは言うのは恥ずかしい。 自力で何とか戻れる気もする。 とにかく活気がありそうな場所を目指せばつくだろう。 回れ右をして、通路を引き返す。

 意外と複雑構造になっており、通路や分かれ道がたくさんある。 耳を済ませば、何か大きな機械が動いているような音も聞こえてくる。 もしかして関係者以外立ち入り禁止区域に入ってしまったのだろうか。 焦りながら、必死に来た道を辿ろうとすると、目の前にぼんやりした影が動いたのがわかった。 幽霊という言葉が一瞬頭の中に過ぎったけど、それは間違いということが直にわかった。 野生の勘が優れているかもしれない、と自画自賛しつつ俺は人影を追いかける。

 前をゆっくりと歩いていた人は俺と同じ位の背の青年だった。 後ろから近寄ってくる俺には、全く気が着いていないようだった。
「ねぇねぇ、売店まで一緒に行かない?」
“迷ったから連れて行って”
 なんてことは、恥ずかしくて言えない。 だから気さくな患者を演じて話し掛ける。 演技がうまくなったものだ。 振り向いた青年は青白い顔をしていて、いかにも病人のような顔色だった。 多分歳は俺と同じ、生気がないと表現すれば良いのだろうか。 生きているという感じが、伝わってこないのだ。 病気で疲れ果てたようにも見える。 それでも彼は俺の問いかけに答えてくれた。
「いいよ、売店の途中までなら一緒に行こう」
 これで自分の部屋帰れる。 そう思うと嬉しくなった。 あんなに嫌がっていたのに、皮肉なもんだな。 そしてこれが、俺と彼との出会いになった。

「俺は雅人って言うんだ、名前なんていうんだ?」
 彼は病院の中を詳しく知っているようで、複雑な作りの院内を迷わずに進んでいく。
「名前は多分、敏生…なのかな?」
 彼は一瞬動きを止めて考え込んだが、俺の問いに好感を持てる笑顔で答えてくれた。 しかし名前で考え込むのと“多分” という言葉が微妙にひっかかる。
「敏生はよく迷わないな、俺はここまで複雑だと迷う」
 自分が方向音痴と言っている気がして、ちょっとなさけない発言をしてしまった。
敏生はおどけた態度の俺を見て、笑顔を崩さない。 青白い顔だけ、何だか安心させる力があるみたいで、不思議な人だ。
「僕はずっとここにいるからね、これからも外になんて出られないだろうし」
 悪い事を聞いてしまったと思い俺は反省する。 いくら技術が進んでも治らない病気もあるのだ。 敏生はきっと…不治の病とずっと戦ってきたのだろう。 彼の青白い顔と痩せた体は、苦しい戦いの跡。

 敏生に対して、気を使わなければならないことがたくさんありそうで、 彼と距離を置こうとする自分がいることに気が付いた。 そんな自分に腹が立つ。 話したいけれど頭の中に言葉は浮かんでこないし、唇も全く動かない。
「そういえば、雅人は健康そうだけど、交通事故で入院でもしたの?」
 顔色が良いから敏生はそう判断したのだろう。 何気ない彼の言葉は、凍りついた俺の頭を溶かしてくれた。
「あっ違う違う、心臓がヤバくて。まぁ明日の移植手術で治るんだけどさ。 そしたらすぐに退院できるから、健康といえば健康かな?」
「明日手術……ああ…そう。元気になれるよ、きっと」
 敏生は相変わらずの笑顔だったけれど、俺は何故か急にその表情を見てもの凄い悲しい気持ちになった。

 俺は明日手術をして麻酔が覚めたら、いつでも外に出られる身。 敏生はいつまでも外に出られない。 あまりの立場の違いに胸が締めつけられそうになる。 でも俺の表情は明るいままで、敏生に大学の話や馬鹿話をする。 彼は興味があるのか嬉しそうに、俺の話を熱心に聞いていた。
今思えば、多分あの時が彼と過ごした一番楽しい時間だったのだと思う。

 薄暗かった廊下がだんだんと明るくなって行く。 窓から見えるのは中庭の木々。 緑が鮮やかで、生き生きとしている、ここで苦しんでいる患者とは裏腹に。
「でもさぁ…“バンク” がなかったら、俺も危なかったんだよな」
 “バンク”とは、臓器を管理している場所のことだ。 ここで全ての臓器を製造し、移植しなければならない者にそれを提供している。 遺伝子技術が進んだ結果、人間の全ての組織は簡単に作り出せるようになっていた。 しかも、個人個人に合わせて作れるので人から貰うよりも拒絶反応が少ない。

“オーダーメイドシステム” とも呼ばれる理由はそこからだ。 昔は倫理がどうのこうので、色々もめていた。 しかし、今では最も効率のよい治療法として、当然のように行われている。
「バンクの管理下ではない臓器での、移植は違法」
 という法律ができるほど、公に認められたものとなっている 人の臓器売買を成立させるくらいならば、いっそのこと遺伝子操作で作ったほうが倫理的ではないのか?  そういう声が圧倒的多数を占めたから。 この“バンク”の存在は、小学生でも知っている。

 明るさの他に遠くで人の声が聞こえ始めてきた。 それは売店に近づいているという証拠だろう。
「さぁ〜て売店で何買おうかな、敏生も行くだろ?」
 いつもの“明るい雅人” の表情で、俺は敏生にたずねる。 たずねる、とは言ってもほとんど来るものだと確信していた。 だけど、敏生は静かに首を横に振る。
「行きたいのは山々なんだけど、僕もう戻らなくちゃいけなくて」
「え…ちょっとくらい、いいだろ?」
 予測を裏切った答えに、俺は彼をひきとめようとした。 しかし意外と敏生は頑固らしく絶対に行かないと言う。 行きたくない理由はわからなかったけれど俺はあっさり諦めた。 手術が終ったら、また敏生に会えると思ったから。
「わかった、じゃあここでお別れかぁ…また会えるよな?」
「うん、明日また会えるよ」
「……俺、明日手術だって」

 皆も“聞かなければよかった”という場面はあっただろうか? 俺にとっては、この時がそうだったのかもしれない。


次に会う場所は手術室。そこで僕の命は終るんだ。


 敏生の声はよく聞こえていたけれど、言葉の意味は俺は全く理解できなかった。
彼は次に会う場所は手術室といった。 それは彼が医療職だからだろうか?

 違う。

 それならば、敏生は命を失う必要は無いはずだ。 次に俺と会ったら……敏生は死ぬ?  薬で痛くなかったはずの胸が、痛い。
これは気がついてはならないと体中が訴えているからだろうか?

 そんなこと、あるはずがないあってはならない。 もしかしたら、恐ろしい現実が待っているかもしれない。 二つの考えが俺の頭の中で、戦っている。

 敏生の顔を見ることが今の俺には出来なかった。 見たらきっと、逃げ出してしまいそうで、永遠に彼から背を向けそうで、怖かった。 きっと俺の今の表情は、死人みたいになっているだろう。 “明るい雅人” の顔なんて…もう作れない。
「雅人、顔色悪いけど…でも平気だよね、俺が助けるんだから」
 敏生は俺の表情を見て、心配そうに言葉をかける。
彼の優しい心配り。
だけど、それは俺にとって有罪を決定する裁判官に見えた。
最悪の考えが、最悪の事実となった瞬間だから。

敏生が命を失う理由は、俺が彼の命を奪うからだ。

 でも、おかしくはないか?   人からの臓器移植は違法のはずだ。 ここは病院ぐるみで違法を行っている、とんでもない所なのか。
 俺の中で怒りがこみあげてくる。 正義感だけではない。 彼が命を失う理由にも納得がいかなかったからだ。
「僕らってね…染色体が24対48本あるんだって、長く生きられないんだって」
 24対48本の染色体の人間は……この世には存在しない、存在してはならなかった。
それは人間の科学によって作り出された不自然な生物。 俺は敏生の言っていることが、全く理解できないでいた。 理解することを全身が拒んでいたこともあったし、敏生の言っていることの内容は、 あまりにも普段の生活とかけ離れた世界の話で頭もついていかなかった。

 だけど時の流れは残酷で、時間がたつにつれて、頭の中を整理し始めた自分がいた。
「今日はね、最期だから自由にこの院内を歩いて良いよ、って言われたんだ」
 敏生の話を聞いているにつれて、嫌なくらいに頭の中が整理整頓される。 敏生は人間ではないこと、ヒトに適合されるように出来た存在であること。 治療のためだけに存在し命を落としていく生物。 「バンク」 と呼ばれその存在を認められていない。 彼も、命を落とすことには何も関心を示していないようだ。 誰にも、何も教えられなかったのだろう。 人の命を助けるために結局、人が死んでいく。 俺を助けるために、敏生が……殺される。

 そんなこと許されるはずがない。 俺は、敏生の手を引っ張って叫ぶ。
「とにかくここから脱走させてやるよ、考えるのはそれからだ!」
「外に出たいの?じゃあひき返そう、裏口から出たほうがいいから」
 脱走することなんて、誰もまだ知らないわけだから、歩いて引き返す。 敏生は、裏口の場所はわかっているので、迷わずに進んでいるようだ。
「雅人……移植しなくていいの?助からないんだよ?」
「何とかなるさ、人工心臓を埋め込めば良いだけさ」
 移植が簡単に行えるようになってからも、人工心臓は存在している。
運動制限などがついてしまうが、死ぬわけではないし生命は維持できる性能は、充分あった。
「あ、近道しよう。こっちに行けば早く着くよ」
 雅人は俺の手を引いて、案内する。 曲がった先で見たものは……白衣姿のドクター達だった。

 幸い後ろ向きで、彼らは俺らに気がついていない。 慌てて、来た道をひき帰す。
「ドクター達に会えば良かったのに」
「何言ってる?敏生は生きたくないのか?俺のせいで…殺されるんだよ?」
 敏生は…俺とドクターを会わせるために、わざと案内したのだ。 何故そんなことをする必要があるのか?  俺はただ、彼を助けて、平和に生きようと思っていたのに。 彼は、俺の必死の行為を否定した。
「だって誰かのために役に立つのなら、命を捨てでも実行すべきじゃない?」
 彼は自己犠牲の倫理を植え付けられて育っていた。 自分を傷つけて、人を助けることは当然と教えられていたのだ。 臓器を提供続けるために、作られた存在だから、そう教育されてきたのかもしれない。

 でも、そんなひたむきさをちょっと羨ましがる自分がいた。 科学の発展、技術の進歩、人類の英知。 その中で、忘れ去られそうなものを、敏生はちゃんと持っていたから。
「敏生が死んだら、俺は涙を流しつづけて困る」
「雅人は僕が死んだら困るの?みんな僕が傷ついて喜んでたのに」
「当たり前だ、だって俺のせいで死ぬなんて……死ぬなんてごめんだ」
 これは偽りのない言葉だった。 多分、“明るい雅人 ”には似合わない言葉だろう。 でも構わない、彼には見せられた心の奥に封印した部分。 自分を見られることを恐れる心を。

 敏生は驚いていたようだが、目を閉じて微笑む。
「雅人ありがとう、なんだかうれしかったよ」
「敏生……?」
 次の瞬間、俺は自分の心臓が急に暴れ始めたことに、無理矢理気付かされた。 ひどい激痛が体を支配していたけれど、目の前で起こった光景に比べれば大したこと無かった。 心臓を暴れさせる原因を作ったのは、敏生の手の平だったからだ。 彼は、俺の心臓の有る位置に狙いを定めて、力いっぱい押した瞬間、普通じゃない俺の心臓は暴れ始めた。 「ドクター、彼が急変しました」
 大声ではないが、人を呼ぶのには充分な大きさで、雅人は声をあげる。 胸の苦しみから逃れられない俺は、立っていることも出来ずに、倒れこむ。

 彼の声に、気がつきやってくるドクター達。 俺は意識を手放さずにいることで、精一杯で身動き一つ出来なくなっていた。 せめて、睨み付けようと視線を上げようとしても、目がかすんでいて焦点が定まらない。 でも聴覚だけはしっかりしていた、でも聞きたくない、悲しい言葉が聞こえてくる。
「雅人は大丈夫だよ、安心して眠っていてね」
 その言葉がきっかけになって……俺は意識を手放した。 最後に敏生は優しい声で何かを言っていた。 でもうろ覚えで忘れ去ってしまった。

 意識を失った雅人の状態を白衣の男は丁寧に調べて溜息をつく。
「これはすぐ手術しないといけないな、まぁいい臓器はそこにある」
 敏生は雅人から目を離さずに不安そうに男に尋ねる。
「雅人は……助かりますよね?」
人間として扱ってくれた、たった一人の人物の様子。 ただそれだけが心配だった。 自分の命など考えたことも無いから、大切だとは一度も思ったことはない。
「お前は何も考えなくていい、今回で役目は終わりだ」
 手錠をかけられ、自由を奪われる。
それは彼に与えられた最期の自由の時間の終わりを、告げるものであった。

 僕らはきっと皆を救うために生まれてきたんだ。 そう考えないと、怖い。 “敏生” という名前は、高齢の監視官がつけたものだった。
「名前がないなんて、可哀想に」
 悲しそうな目をしながら、つけてくれた名前だった。
「くだらない、中途半端な倫理観だ。そんなもの捨てなさい」
 そう言われたこともあった。 だけど捨てきれられずに、とっておいた名前。 自分が死ぬことなんて何とも思っていない。 だけど、雅人は僕が死んだら悲しいって言っていた。 ごめんね、でも今までの僕のやり方を通さなかったら……
生きていた価値が、なかったんじゃないのかなぁ?  それに、助ける人が雅人で僕は嬉しいんだよ

 家で意識を失った後に見た同じ天井が目に飛び込んでくる。
「経過は良好ですから、もうすぐ退院できますよ」
 寝起きが悪くていつもならぼーっとするはずなのに、今日は嫌なくらいすっきりした目覚めだ。 側に立っていた医者は、柔らかい笑顔だったが口調はとても冷たい。
「夢を見てたんだよ、夢の話なんて誰も相手にしないからね」
 これは深入りするな、という警告なのだろう。 深入りしようとしても敏生はもういない。 俺のせいで彼はこの世からいなくなってしまったのだ。 医者は助かったのに暗い顔をしている俺を気にせず部屋を出て行く。
そっちのほうが嬉しいから、別に俺も医者の態度など気にしてはいなかった。

「敏生……ごめんな」
 今はいない彼に向けて、胸に手をあてて呟いてみる。 与える事だけの為に、生かされている人々は、沢山いるのだろうか?  泣きたいのに涙は出なかった。 悲しくて辛いという気持ちはもちろんある。 それよりも、自分が元気に生きていることが腹立たしいという感情が大きかった。 じっとしているのが、たまらなく苦痛になって、俺は病室から出ていた。 胸が痛いのは……手術の傷が痛いだけではないだろう。

 売店に俺はいつのまにか来ていた。 お見舞いのための花や食品や本、色々なものが置いてあり、一番にぎやかな場所だ。 本当は、敏生とここに来て、他愛のない買い物でもしようかと思っていた。 彼はきっと買い物どころか置いてある商品も、始めて見るものになっただろう。
 ずっと何も知らず、役目を果たすそれだけのために、産み出され生かされていた。 俺は敏生の命を奪った。 彼はそれを当然だと考えていた。 否、そう考えさせられるように、されたのだ。

「彼ではなくても誰でも君を助けられる、それに彼らは人間ではない」

 この言葉で済ますこともできる。 でも敏生は人間だった。 むしろ彼のほうが人間で俺達が技術によって作られ、生かされている生き物なのかもしれない。 結局何も残らなかった。 彼はただの治療器具としてだけしか生きられなかった。 俺は無力で何も出来なかった。 こんなことなら、知らなければよかったのだろうか?
 あの時、“安静にしていて下さいね”という言葉を守っていれば、俺は苦しまずにいられたのだろうか?

「お姉さんこのバラきれいだね」
空っぽの頭の中にふと女の子の声が入ってくる。 声のした方向を見てみると、ガラスケースには黄色いバラが飾られていた。
「黄色いバラは人に贈ってはいけない、何故なら嫉妬という意味がこめられているから」
 昔、花束の贈ろうとしたときに、店員に言われた言葉を、思い出した。 敏生は俺にどんな感情を持っていたのだろうか?  嫉妬でも憎しみでもいいから、思っていて欲しいと俺は願っている。
「安心して寝ていてね」
 最期に聞いた彼の言葉と、口調を思い出して考えてみる。 彼にとっては俺はただの患者で何とも思っていなかったのだろうか?  そう考えるととても辛かった、辛すぎて涙も出てこない。

 そして俺は彼に嫉妬していた。 ひたむきさや、恐れを知らない所。 ただ単に、彼がそういう感情を持っていなかったといえば、それまでかもしれない。 だけど、“表面を明るく保ちつづける雅人” にとっては眩しい存在だった。 嫉妬を見にくいと思って…やはり自己嫌悪をしてしまう。

「確かこれヒトに送っちゃだめってお母さんから教わったよ?」
 遠くで女の子が店員に質問している。 当然だろうお見舞い用の花に嫉妬という意味をこめるのは、非常識だ。 なのに何故この売店は、この花を置いているのだろうか?
「これはね、友情という意味もあるんです。だから持っていっても大丈夫ですよ」
 この店員の言葉が引き金になって聞き取れて覚えていなかったはずの、敏生の言葉が頭をよぎった。

ありがとう雅人、初めての友人…だったのかな?

 嫉妬という言葉が当てはまるのは自分、彼は友人として俺を見ていてくれたのだ。< だから見殺しに出来なくて、自ら死を選んだのだ。 ただの「話し相手」としか見ていなかったのは俺。 誰よりも俺を思って心配してくれていたのは、敏生だった。
(駄目だな俺は、こんな遅くなってから気付くなんて)
 周りの売店の客にばれないように、涙を押さえつつ自分の病室に戻っていく。 途中で女の子が黄色いバラの花束を持って歩いているのは、視界にはいっていたが、 ほとんど涙で歪んで見えていなかった。

Yellow Rose
その中に込められた言葉は「友情」
敏生と俺をつなぐ不思議な花。



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